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2005年1月30日 (日)

図書館に行く

私は毎朝駅で日経新聞を買っているので、休んだり外に出かけない日は日経を読んでいません。
今週は木・金と休んでしまったのでその分の新聞を読みに久しぶりに図書館に出かけていきました。
一通り新聞を読み終わった後、図書館にいる大勢の人がそれぞれ活字を追っている姿を見ているとウキウキしてしまい、館内をぶらぶら歩いていたらいつの間にか本を3冊借りていました。

ひとつは、ペルーの旅の本。
あとは黒木亮の「アジアの隼」と「虚栄の黒船(小説エンロン)」。
黒木亮は、以前偶然手にした「トップレフト」という経済小説がおもしろくてちょっと気になっていたのです。
家には読んでない本も山積みになっているというのに。。。
ま、いっか。
図書館の本は2週間借りられるらしいのでそれまでゆっくり読み進めればいいのですが、おもしろい本って途中でやめられないんだよね。
以前は図書館にもよく通ったんだけど最近ご無沙汰してたし、以前借りてたシリーズ物の続きも出ているだろうし、これを機会にまた行こうっと。

ちなみに駅で新聞を買うのは、その分遅い版が手に入るからです。
ときどきトップ記事の差し替えとかあるんだよね。

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2005年1月29日 (土)

Book&Boots

今日は、Book&Bootsによる「アジアへの架け橋」と題したシンポジウムが開催されるというので久しぶりに大学へ行きました。
Book&Bootsの会は、大学の経済史関係の3つのゼミが合同で作った会で、Bookは文献等による勉強、Bootsというのは「経済史とは生活史である」という考えから靴(Boots)を履いて、実際に歩いた経験から学ぼうという趣旨とのことです。
これまでに日本国内はもちろん、インド、中国、タイ、ペルーと実際に歩き回った8年間の中間発表的な内容ということでした。
私が卒業してからできた会なのですが、私もぜひ参加したかったなー。
実際教授にも同じことを言われましたが、たぶん学生のころはそんなに出かけられるお金はなかっただろうなあ。。。

とはいえ、インドは教授が研究に行くと言うので夏休みに2週間ほど行ったことがあり、画像などは懐かしく感じるところも多くありました。
また、ペルー、特にマチュピチュは今年の夏に行こうと考えているのでとっても参考になったり。
・・・と、すっかり旅気分になって聴講していたのでした(おいおい)。

でも実際にBootsという考え方は非常に重要だと思います。
旅をしていて感じることと今回のシンポジウムの内容は重なることもありました。
改めてこのように表現されると自分の考えがすっきりしてくるし、どこにいてもなにをしていても勉強ってできるんだなあと感心してしまったり。
久しぶりに大学に行って、学術的なものに触れていい刺激になったような気がします。

個人的には、「地域言語の重要性」というところが印象に残りました。
これは、「Bazar(バーザール)に集う人々」と題して、モノと貨幣の交換を通じた人々の日常生活を成り立たせる場であると同時に情報伝達やコミュニケーションの場としてそれぞれが共同体に属する人間であることを確認する場であるBazarについて発表した中での話しです。
インドで買い物をしているときに、インド史が専門の教授(=私が所属していたゼミの教授)がヒンドゥー語で話しかけるとみんな意外な顔をすると同時に一気に場が和らぐ、という内容です。
実際に私も中国でカタコトでも話すと、相手の態度が変わるのは経験しました。
カタコトの程度の差はあれ、それは韓国でも、インドでも、メキシコでも同じでした。
公用語としての英語とは別に、人間らしいコミュニケーションとして「現地語の重要性」を再認識する必要があるかもしれないという内容でしたが、英語のできない私は都合よく解釈して(笑)、ナットクしていたのでした。

木・金曜日は結局風邪で休んだので「あったかい教室で聞くだけだから」と軽く出かけたのに、会場となった7100番教室は寒くて寒くて。
ちょっとつらかったです。

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2005年1月27日 (木)

風邪でダウン

月曜から引いていた風邪がいよいよ悪化。
毎日夜10時には寝ていたかいもなく今日は会社を休みました。
近所のお医者さんに行こうと思い診察券を探したらなんと今日は休診日。
土日も診療してくれるので平日の休診日はノーマークでした。
こうなったら寝るしかない。
病気のときも食欲はなくならない私は朝ご飯をもりもり食べて、7時すぎに会社に連絡し、しばらく布団のなかでズームイン!朝とか勝谷誠彦さんが出ていたテレビを見ていたら眠くなってきたのでテレビと電気を消しました。
そしてふと気が付いたら夕方5時。
我ながらよく寝ました。
風邪のほうはまだ完治とは行きませんが明日にはよくなるといいなあ。

そういえば会社に連絡したとき上司に「あ、二日酔いですね」と言われました。いつものネタだからいいんだけどさー。

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2005年1月23日 (日)

今日の列車

唐津→西唐津 キハ125−3(未乗でした)
西唐津→伊万里 キハ125−3(唐津〜伊万里が未乗でした)
伊万里→唐津 キハ125−3
唐津→虹ノ松原 モハ103−1511(未乗でした)
虹ノ松原→浜崎 クモハ103−1514(未乗でした)
浜崎→筑前前原 クハ103−1516(浜崎〜姪浜が未乗でした)
筑前前原→福岡空港 モハ302−101(筑前前原〜姪浜が未乗でした)

伊万里駅は駅名標も伊万里焼でした(たぶん)。
来月九州新幹線に乗れば九州は完乗です。
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残すは九州新幹線

この宿は4900円で朝食付き。おかずはともかくお味噌汁が具だくさんでなかなかおいしかった。
1日の始まりは貸切状態の列車で西唐津に向かいます。
宮脇俊三さんの「時刻表2万キロ」ではタクシーで向かうハプニングがあった路線だと記憶しているのですが普通に乗れば(?)なんのことはない場所。
とは言っても逆方向の列車に乗ったり、行ってみたらバスがなかったりというのが日常茶飯事な私には他人事ではないのだ。
というか、そもそも準備万端、用意周到な宮脇さんとの比較対象になるはずもないのですけどね。

昨夜の冷たい雨のおかげか、唐津から伊万里までの車窓には山から雲が湧き出て幻想的な風景が広がります。それにだんだん晴れてきて日が差し込んできました。

伊万里到着後は伊万里焼会館へ。焼き物って見てるだけでもうきうきしてきます。ビアマグや境目があって6対4で簡単に焼酎を量れるというマグカップ等など心惹かれるものが多々ありましたが購入はせず。
唐津で乗り換えたあとは虹ノ松原駅から歩いて8分ほどのところにある鏡山温泉に。
こじんまりとしていますが露天風呂や無料の大広間があり1時間半ほどゆっくりしました。

そしていよいよ今日のメインイベントです。
時間を調整し、お風呂に入ってお腹を空かし、ビールも飲まなかったのもすべてはこのため。
浜崎駅から歩いて10分ほどで辿り着いたのは「ステーキハウス蜂」。伊万里牛などを使用したステーキが食べられるお店です。
カウンター席の目の前で焼いてもらったのは180グラムのロースです。
あまり脂っこいのは…とヒレにしようか悩んだのですがいいお肉は脂もおいしい。
とろとろで、意外とペロリと食べられました。

浜崎からは玄界灘のパノラマ。
透き通った海をただぼーっと眺めていました。
そうこうしているうちに姪浜。また忘れるところでしたが、これで九州のJR線は新幹線を残すのみとなったのでした。
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2005年1月22日 (土)

今日の列車

下曽根→城野 クハ411−324
城野→田川後藤寺 キハ147−1057
田川後藤寺→夜明 キハ125−21(未乗でした)
夜明→久留米 キハ220−1503
久留米→鳥栖 サハ813−204
鳥栖→佐賀 クハ816−28
佐賀→唐津 キハ47−1510(未乗でした)
さくさくと乗りつぶしをしてました。
唐津では駅近くの加羅津で活きイカ刺し定食と瓶ビール(キリンクラシックラガー)。
三階にあるので唐津駅ホームとほぼ同じ高さのところから列車を眺めながら食事ができます。
イカのゲソは天ぷらにしてくれたのですがこりこりして甘くておいしかった。
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北九州へ

今日はJALのバーゲンフェアを利用して初めて北九州空港に来ました。
こじんまりとした空港ですが東京行きは1日5便もあるんですね。空港自体は平屋のようになってますが屋上(?)に一応展望デッキもあり10人くらい眺めている人がいました。
下曽根駅にはへろへろ歩いて10分ほど。その間に焼鳥屋さんが2軒もあり空腹を感じながら電車に乗り込みます。
城野で田川後藤寺行きに連絡しますがちょっと足を延ばして小倉へ。
目的は駅のホームの立ち食い蕎麦。基本がかしわ入りなので「そば」と頼むと「かしわそば」が出てきます。
これに入れ放題のねぎを入れ、七味唐辛子をふりかけます。
10年ぶりくらいに食べたような気がします。おいしかった。

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2005年1月15日 (土)

広州日記その6

さて、今回中国に来た最大の目的は、肇慶に行くことでも、マカオに行くことでも、桂林に行くことでもなく、S.H.E.のコンサートに行くこと。

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コンサートのチラシ。
ちなみに私は一番上にいるHebeちゃんが好き。

このために大枚1,080元!もはたいてチケットを購入(してらもらい)、休暇を延ばして遠路はるばる駆けつけたのでした。
こんな善良な日本のファンに対して、コンサートがキャンセルとはなんという仕打ちなのでしょうか(涙)
思えば、桂林からのフライトがキャンセルになったりとキャンセルの予兆はすでにあったのですが(2フライトがキャンセル。3フライト分でも30人程度しか乗客はいませんでしたが。。。)、コンサートの中止は予想外で意気消沈しつつ、帰国しました。
本当だったら今頃はS.H.E.のパワーを間近で感じて幸せな気分で帰国の準備をしていたはずなのですが。。。
折りしも東京は冷たい雨で、私の気持ちを代弁するかのようでした。

まあでも、足を延ばしてマカオや肇慶、桂林などに旅ができたのも1週間いたからこそ。
中国の人たちの人懐っこくて世話好きな側面を垣間見ることもできたし、旅自体は満足、満足。
リフレッシュしたことだし、来週からまた仕事がんばろうっと。

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2005年1月14日 (金)

広州日記その5

14日(金)は、いよいよ漓江下り。
宿には8時ごろお迎えが来て、車で1時間くらいの船乗り場に向かいます。
到着までの間に、昨日買っておいた朝食用のパンを食べましたが、これがおいしい。
特にメロンパンが食感もいいし、すっきりした甘さ。

私が参加したのは桂林国際旅行社のツアー。
いろいろなところから参加するので英語のガイドさんしかつかないとのこと。
確かにイギリス・フランス・ドイツと6人しかいないのに見事にみんな違う国でした。
船乗り場で他のツアー客とも合流します。
全部で160人くらい乗れる船はほぼ満席状態。
日本人ツアー客も何組か乗船したので、日本語のガイドを盗み聞きしていました。
船内は暖かいけれど、やはり風景を楽しむには甲板に上がるのが一番というわけで、昨日に引き続き完全防備。
さらに最後の手段に取っておいた使い捨てカイロを使うことにします。
先頭に立っていると、日本人のカップルとカップルについている日本語ガイドさんがいました。
中国語で少し話したら、湖南から来ているという彼女は私にも日本語と中国語でガイドをしてくれました。
船に乗ってすぐに「蝙蝠」(こうもり)に似ていることから「蝙蝠山」と名づけられた岩があります。
ガイドの彼女によると、「蝠」という字は中国語で「幸福」の「福」と同じ発音なので、旅の最初に蝙蝠があるのは縁起がいいとされているそうです。

PICT2399  PICT2382
こんなところを船で下っていきます。
水量が多かったらもっときれいだったんだろうな。
でも、冬場は人が少ないみたいなのでゆっくりと眺めることができたと思います。

桂林のあとは陽朔の町を散策。
いまの季節は漓江の水量が少ないため陽朔では船がつけられず、興坪で船を下りて車で向かいます。
桂林よりも岩が町に迫っている陽朔は町全体が観光地といった感じ。
カフェでは昼間からビールを飲む外国人の姿も。
イギリスから来ていたツアー参加者は、ここで降りていきました。

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陽朔は町のすぐそばに岩山が迫っています。

桂林に戻り、ホテルから電話して帰国便を明日に変更。
日本は雪の予報が出ていたけど無事に家に帰れるかなあ。

その後は象山公園のほうにお散歩。
象山公園は入園料が25元もするので「高いなー」と悩んでいたら、象山の先のほうまでいかだで行けるけどどう?という客引きが。
なんでも、いかだに乗ると川から公園に入ることになり、入口を通らないので「免費」になるとのこと。
4人で乗ればひとり15元になるからと言われてそっちにしました。
一緒に乗る人たちは最初私が中国人だと思ったようで普通に話しかけていました。
ひとりは、川の向こう側に住んでいる人で、あとのふたりは上海から来たと言うカップル。
女の子がすごく明るい子で、写真を取り合ったり、私が一緒に撮りたいというとうれしそうに応じてくれたり。
男性のほうは「この岩は大象の鼻に似ているから象鼻山というんだよ」と説明してくれたりしました。
大学生かと思っていたら男性のほうは30歳。
「もう5年も働いてるのよ」とは女の子の弁。
若く見えたのになあ。。。
ちなみに私は細かいお金の持ち合わせがなかったので10元にしてもらっちゃいました。

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象鼻山が目の前に見える中洲で写真を撮ったりしている間、いかだのおばちゃんは所在なげにたたずんでいました。

ここ象山公園は昨日行った独秀山の南側にあり、象鼻山に登って桂林の町を一望しました。
ちょうど夕焼けが始まったころで、暮れ行く町並みを楽しんだのでした。

夕ごはんは竹筒東坡肉と桂林米粉。
桂林米粉は、日本流でいうと「2玉じゃないと少ないから」ということで2玉注文。
竹筒東坡肉もアツアツでお肉がとろけるよう。
でも意外と量がありました。ふう。

陽朔と桂林は、水がきれい。
うがいをしても口の中に臭さが残らないのは感動でした(大げさか)。
それに、人懐っこい人が多いように感じました。
お店に入ってまごついてると手助けしてくれたり、並んでいるときに列を譲ってくれたり。
とても気分よく桂林の町を後にしました。

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2005年1月13日 (木)

広州日記その4

13日(木)は、桂林に来ています。
桂林は広州から飛行機で1時間のところにあり、山水画のような景色で日本で知られているところです。
ここには1泊して、明日漓江下りをする予定です。
今日は、明日の帰りのためのリサーチと、桂林の町の観光。
コンビニは見当たりませんが、マックやケンタッキーといったファーストフードのお店はたくさん進出しているし、あちこちに繁華街があって、町の中はとてもにぎやか。
広西師範大学の中にある独秀峰から桂林の町を見下ろしたり、七星公園で鍾乳洞をまわったりしましたが、とにかく寒い。

もって来た服を着込んで、マフラー、帽子、手袋までして完全防備。
夕方シャンプーに入った美容院で「今日は寒いねぇ」と言ったら「今日はあったかいよ!昨日なんて雪が降ったんだから」と言われて唖然。
そりゃ寒いはずだわ(^^;;;
お昼ごはんには麻婆豆腐、夕ごはんには酸辣麺といった感じで辛いものを1品ずつ食べて、体の中から温めたのでした。
広州と比べて物価がとても安く、お昼は2品14元、夕ごはんは3品16元で済んでしまいました。
土鍋で作るお粥がとってもおいしかった(4元)。

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独秀山に登るにはこんな急な階段を登ります。

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上からはこんな景色が。風がびゅうびゅう吹いてとても寒いですが、町を一望できます。

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鍾乳洞もある七星公園にあるらくだの形の岩。
この公園はえらく広くて、動物園もあります。
鍾乳洞は中国語で説明を受けながら30分くらい歩いて回ります。
内容は、「これは白菜」とか「蛇の頭、胴体」といった感じ。
11番バスの終点なので、町中から来るのも町中へ戻るのもこれに乗ると便利。
歩いても近いのですが、運賃が1元だったこともあり(安い!)歩き疲れた私は往復ともバスに乗っちゃいました。

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広州日記その3

12日(水)は、国境を越えてマカオに行くことにしました。
朝、路線バスで天河にある長距離バス乗り場に向かいます。
ここで朝ごはんにパンを買い、マカオとの国境にある珠海行きのバスに乗り込みました。
珠海へは55元。約2時間の道のりです。
広州を出ると車窓に田園風景が広がります。
私が食べた野菜や果物はここが供給源なのでしょうか。

拱北(ごんべい)というところでバスを降りると、目の前がマカオとの国境。
中国を出国し、マカオへ入国するまで30分といったところ。
大勢の人がいましたが、けっこうすんなり通れました。
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香港ドルへ両替して、早速「聖ポール天主堂」へ。
中国語では「大三巴牌坊」と言いますが、タクシーに乗って「大三・・・」まで言ったところですぐに通じたようでした。
今日はツアー客も多く、この周辺は大賑わい。

お昼にマカオ料理を食べて、バスで街中に戻りました。
バスは横断歩道では人が通るのを待っててくれるし、運転もソフト。
広州に比べて気候も暖かく、歩きやすい街だと思います。
ただ、今日は冬のせいか空気がかすんでいてあまり遠くまで見渡せなかったのが心残り。

マカオでは両替して約700香港ドルを手にしたのですが500香港ドルくらいあまってしまいました。
国境を越えたところにあるお店で試しに聞いてみたところ、香港ドルも使えるとのこと。
レートは人民元とまったく同じなので、ちょっと損した気分。。。
私の場合には人民元の切り上げに期待をしているので(笑)、使うなら香港ドルと割り切ってバスの切符も香港ドルで購入しました。

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この通路が国境。みんな大きな荷物を持って歩いていきます。

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2005年1月12日 (水)

広州日記その2

10日(月)は、茘湾広場に母へのお土産の真珠を買いに行きました。
ここは、以前現地に駐在している方の奥様から教えていただいた場所で、真珠をはじめとして水晶等の天然石を扱うお店がたくさん集まっています。
私の場合にはそれほど値切れないのですがものによっては真珠のネックレスが40元程度で買えるということです。
最初に行ったお店では、数人が品定めをしていて、耳をそばだてて聞いていると1本1千元くらい。
うーん、高い。でも、品質はいい。
店員さんも「うちは高級品しかないのよ」という感じで中国語はカタコトだし英語はできないしで私は冷たくあしらわれてしょんぼり。。。
2軒目のお店は、確かにさっきほど質はよくないけど優柔不断な私にいろいろ説明してくれたのですっかり気を取り直し、目安である8掛けまで値切れたのでここで買うことに決めました。
糸を通してネックレスにしてくれる時間はおしゃべりタイム。
その店員さんによると、日本人もよく来ますが、韓国人・アメリカ人も多く訪れるということです。
日本人の場合には広州で働いている人(もしくはその家族)が多いため、私のような旅行客は珍しがられました。
出身を尋ねると実家は温州(浙江省)にあり、春節のお休みには帰るとのこと。
春節のお休みはなんと1ヶ月!
でも普段は土日も含めて休みがないというのはちょっとびっくり。
私が紹興に行ったことがあり、紹興酒がおいしかったと伝えると「温州とすごく近いよ」とか「紹興酒はおいしいよね」という話しで盛り上がりました。
今回は母のリクエストで3連にできるような長さにしたのですが、金具をつけてもらったり、長くしてもらったりと途中で注文をつけたにもかかわらずよく対応してくれました。
記念に一緒に写真を撮ると、帰りにお土産と名刺をくれて、気分よくお店を出たのでした。
ほんと、単純なヤツです。


11日(火)は、遊び疲れたせいかお昼ごろまでごろごろしていました。
お昼過ぎに宿の近くの文信老舗にお粥と牛乳プリンを食べに行きました。
最初にお茶を聞かれたのですが、5~6種類立て続けに言われてその勢いに押されて最後に言った緑茶を頼みました。
あと聞き取れたのは鉄観音、普耳(プーアール)、花(ジャスミン)だけでした。とほほ

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このお店では24時間営業なのでいつでもおいしい牛乳プリンが食べられます。
お粥は初めて食べましたが、炒めたセロリがとてもいい香りでおいしかったです。
これと、ピーナッツ・酢漬けの野菜がついて22元。安いなー。
その後はバスに乗ってお出かけしてきました。

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辛い味のスプライト。
色は透明で、味はジンジャエールのような感じで飲み終わった後に口の中に辛い風味が残ります。

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2005年1月11日 (火)

広州日記その1

広州に到着した8日(土)は、そのままフェイウォンのコンサートへ。
天河というところにある運動場が会場で、私はスタンド席。
がらがらで自由席状態となっていました。
フェイウォンがステージの左右に移動して歌うと、ファンたちはそっちのほうに走り寄って声援をおくってました。
なんだかおおらかで(いい加減で?)おもしろかったです。


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翌9日(日)は広州からバスで2時間弱のところにある肇慶に行きました。
ここは、晋の時代から風光明媚な場所として知られていたと「七星岩風景区」がある場所です。
その名の通り石灰石でできた7つの岩山と湖のまわりを歩くようになっていて、洞窟(鍾乳洞)もあり、中には船で回れるようになっているところもありました。
船で回るところは水面と頭上の岩が狭くなっているところがところどころあり、中国の人たちと「低頭!低頭!」とか言いながら通り過ぎるのも楽しかったです。

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梅の花が咲いていました。

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湖にいた鯉にえさをやる子供。
鯉がちょっと多すぎ。

また、近くには宋の時代の城壁があります。
城壁の中はすっかり住宅地になっていました。
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2005年1月10日 (月)

JAL5186

今年初めての海外の旅はまたしても中国は広州になりました。
今回ははじめて日本航空と中国南方航空のコードシェア便に乗ってみました。
飲み物サービスに、紹興酒なんてあるのが中国らしいです。
梅酒を頼むときに日本語で言ってたら通じなくて、通路側に座っていた男性が代わりに伝えてくれました。
席が窓側だったせいもあるけど、次に紹興酒を頼むときには中国語でお願いしたらすんなり出してくれました。

今回、久しぶりに窓側の席になりました。
東京上空では皇居が見えたので「あの辺が会社かなあ。。。」とか、日本地図を思い出しながら窓の外の景色を眺めてました。楽しかった!
天気がよかったのかもしれませんがくっきりはっきり見えるもんなんですね。
たまには窓側の席もいいかも、と思いました。

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2005年1月 3日 (月)

今日の列車

東京0844→0907船橋 モハE217−2071
船橋0910→0913西船橋 サハ209−539
西船橋0916→0929海浜幕張 サハ205−88(たぶん未乗でした)
海浜幕張0932→0944蘇我 サハ205−21(たぶん未乗でした)
蘇我1006→1238安房鴨川 モハ113−1104(未乗でした)
安房鴨川1258→1457蘇我 クハ111−1449
蘇我1514→1556東京 サハ205−199(南船橋〜市川塩浜がたぶん未乗でした)

予定していた久留里線は乗れませんでしたがちょっとアヤシかった京葉線に乗りました。
京葉線沿線はマンションとか大きい施設がたくさんあるけどたまにぽっかり空き地もあったり。
この辺のマンションはいくらくらいするのかなあ。nec_0185.jpg

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道は遠し

今日は内房線と久留里線に乗りに行きました。
蘇我駅で安房鴨川行きの時間を確認しようとしたら、10時16分発と電光掲示板には書いてある。
調べたときには10時06分発だったので「平日と間違えたかなあ」と思っているとなんと隣にも安房鴨川行きの時間が。
なんのことはなくて、内房線と外房線の分岐駅だったのですね。
普段から乗り間違いが多いのでいつも以上に緊張して10時06分の列車にちゃんと乗り込みました。

内房線からは富士山がよく見えました。
ぼーっと車窓を眺めていたら安房鴨川に到着。
お弁当を買って上総亀山行きのバスに乗ろうとしたらなんと三が日は運休でした。
ちょっと予想はしていたのだけどやっぱりそうであったか。(ちゃんと調べればいいのに…)
というわけで今日は房総半島1周の旅になったのでした。
こうなったら久留里線で完乗にしようかなあ。
いやいや、そもそも計画性のない人に完乗なんて無理なんだな。はあ
お弁当「うにとさざえめし」おいしかった。nec_0187.jpg

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2005年1月 2日 (日)

新年の銀ブラ

ここ数年で恒例になった新年の銀ブラ(死語?)に行きました。
大体1月3日に行き、箱根駅伝のラストスパートを応援したりしていたのですが、今年は2日に行くことにしました。

目的は特になくて、強いて言えばたまった金券を使いに行くくらい。
ただ、いつもは華やかな雰囲気の銀座の街のなか、お正月休みをしているお店もあって普段とは違う雰囲気だったり、福袋を抱えたたくさんの人が楽しそうに歩いている様子を見たりするのが結構楽しくて、ついつい足を運んでしまいます。

そうは言っても人ごみはニガテなので、さっさと帰ってくることも多いのですが。。。

今年はストレスがたまっていたのか例年になくたくさん買い物をしてしまいました。
しかも、数十年ぶりに福袋なるものを購入。
中身は。。。
・ショートコート
・スーツ
・カットソーのアンサンブル
・スカート
・シャツ
・アクセサリ

の6点。値段は1万円。
以前の福袋はいかにも「売れ残り」的なものが多かったのですが、今はそうでもないんですね。
まあ、「ちょっと。。。」と思うものもありましたが、平均的には合格点という感じ。
ちなみにこの福袋は「OL福袋」という名前で売られており、私は最後の1つを買いました。
残り物に福はあったのでしょうか。

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2005年1月 1日 (土)

乗りつぶし始め

一年の計は元旦にあり、ということで乗りつぶしにいきました。
今日は東金線と鹿島線と水郡線。
東金線は求名(ぐみょう)なんていう難読駅名があります。
おだやかな天気のなか久しぶりに乗る113系は軽快に進みます。
この辺りは特急も国鉄色であまり乗ったことないけど懐かしい感じがします。
成東から鹿島神宮までずっと113系でした。
ただ今日は元旦というだけあって佐倉から成田までひどい混雑。
成田でほとんどの人が降りたのでボックスシートに陣取り、車窓から筑波山を楽しみました。
小走りで鹿島神宮に向かい、初詣。
「次の列車に間に合いますように」という願いをきいてもらえたみたいで、水戸行きの列車にばっちり間に合いました。
常陸太田までは沿線にところどころ雪が残っています。
お腹が空いたので水戸で納豆蕎麦を食べようと思ったら電気はついていたけど店仕舞い。残念。
仕方がないので駅のコンビニで食べ物と飲み物を買い込んで上野行きの鈍行に乗り込みました。
今年は完乗するぞー。←今年の抱負nec_0179.jpg

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今日の列車

東京1107→1145千葉 モハE217−3
千葉1154→1241成東 モハ113−1069(大網〜成東が未乗でした)
成東1244→1310佐倉 モハ113−1016
佐倉1348→1501鹿島神宮 モハ113−1003(香取〜鹿島神宮が未乗でした)
鹿島神宮1532→1653水戸 6001(鹿島神宮〜鹿島サッカースタジアムが未乗でした)
水戸1737→1753上菅谷 キハ112−117
上菅谷1754→1808常陸太田 キハ112−121(未乗でした)
常陸太田1814→1846水戸 キハ111−121
水戸1910→2123上野 クハ401−84

113系に乗ったのは久しぶり。
千葉駅でぼーっとしてたらあやうく東京に戻ってしまいそうになりました。
水郡線の沿線は雪が結構残ってました。nec_0183.jpg

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